中村は、2006年のオリックス監督就任にあたっては、オリックス春季キャンプで二塁手平野恵一をセンターに、サードを任されていた後藤光尊を二遊間にコンバートし、清原和博・中村紀洋両選手の加入に備える。「かつての巨人のようなチームが2つ出来た」とコメントするも中村紀などはキャンプ中に故障し、シーズンに入っても清原・中村紀両選手は故障でたびたび戦線離脱。またクリフ・ブランボー、カリーム・ガルシアが不調。中村紀とドジャーズ3Aでクリーンアップを組み、オリックスが期待されていた新外国人のジェイソン・グラボースキーも結果を出せずミックスモダン打線と名づけられた強力打線の構想が瓦解した。オリックスは、交流戦前後までは3位をキープしていたが上記の選手や谷佳知など主力選手の不振・離脱、故障離脱など、チームが不調におちいると「不調のベテランを起用し、好成績を残している若手を主力で起用しない」などと批判を受けた。
